日本訪問歯科協会 認定講座編成委員(委員長:柿木保明)
在宅歯科医療のニーズが高まっている背景には通院困難な要介護高齢者の増加があります。ところが、通院困難者へ歯科医療を届けるという「あたりまえ」の考え方だけでは在宅歯科医療の内容として不十分となってきた状況があります。
在宅歯科医療とは何か。超高齢社会において、この問は本質的な命題です。すべての歯科医療関係者がこの問に答えられなくてはいけません。それは超高齢社会のニーズを把握することであるし、ヒトの健康や生命に関わる専門家にとって(本人が訪問に出ないとしても)必須の知識であるともいえます。
在宅歯科医療は外来診療の延長線上にあるものではありません。入院(病棟)とも異なります。診療環境でない「場」に診療を構築する新しい「第三の歯科医療」を目指しているのです。そこには独自の診療方針の立案技術が必要で、医学はもちろん哲学・経験・ノウハウなどが集積された臨床の1分野とならなくてはならないのです。
在宅歯科医療をひとつの「システム」とするために、ひとつのツールが開発されています。新しいニーズを分析し、「どうしたらいい?」や「どこから着手すれば?」といった基本的な問題から「栄養改善」「摂食嚥下障害への対応」「胃瘻問題」「看取り」までも含めた幅広い対応を可能にするツールです。そのツールの名称は「在宅歯科医療の診療方針」通称「口から食べるストラテジー」です。
「口から食べるストラテジー」では、在宅歯科医療は3つの分野から構成されています。「診療」「ケア」「リハビリテーション」です。
医療システム論では、在宅医療の提供方法には2つの方法があると考えられています。「往診」と「訪問診療」です。これは厳密に区別される別のものです。歯科では「歯科訪問診療」1つのものとして混在させてしまっていますが、超高齢社会のニーズに的確に応えるためにも、仕組みとしては別のものだと考えることが必要です。
「往診」は外来診療の延長として、応急対応として、昔から行われてきましたし、これからも必要です。これはすべての診療所が導入可能もしくは導入必須な歯科診療の提供方法です。「義歯が壊れてしまったけど、いま入院中なので通院できない」という求めに対して、外来診療後に行って義歯修理する。これが往診です。一方「訪問診療」は長期的な医療計画を元にした計画訪問です。超高齢社会に求められているのは「訪問診療」の専門性です。「脳梗塞の後遺症があり、ムセて食べられなくなってきた」といった訴えに対して往診で対応するのは不可能です。義歯は「食べるための装具」として製作調整されなければなりません。舌の運動制限があれば、口蓋の形態を機能に合わせたPAPが必要になります。嚥下機能評価無しに訪問による義歯調整はできません。こういった長期的な対応が「訪問診療」なのです。
口腔のケアは「食べるための口を創る」ケアです。要素は3つ。「口腔衛生」「口腔機能」「口腔環境」です。この3つを確保し維持してこそ、経口摂取の再開や維持が可能になるのです。
在宅歯科医療の核となるのがリハビリテーションです。特に口から食べるためのリハビリテーションがわれわれの専門性です。ここでは2つのテーマを挙げ、在宅歯科医療の最近の状況について解説します。
「入院期間の短縮」は急性期医療の大命題です。次の患者を受け入れるためにはベッドを空けなければならない。その結果として早期に退院する患者さんの受け入れ先としての在宅という「場」が注目されているのです。
実際に在宅歯科医療の現場では、退院してきたけれどもまだ経口摂取は始まっていないような状況や、胃瘻になり経口摂取を禁止されているが、口から食べられるのではないか、という場面に多く出会います。かつて入院中に行っていたリハビリテーションが早期退院の影響で十分に進めることができず、「口から食べる」ことを在宅(歯科)医療が担うことになるのです。
「口から食べる」ことを構築することも在宅歯科医療の重要な役割となりました。ケアは「食べられる口を創る」ために。リハビリテーションは「再び口から食べる」ためのものなのです。ここに在宅歯科医療のヒントがあります。在宅歯科医療には「診療」だけでなく、「ケア」と「リハビリテーション」が必要だ、ということなのです。
急性期に経口摂取が禁止されることはあり得ます。それは仕方がないことです。問題は「再び口から食べる」ためのリハビリテーションの時間が急性期にはないことです。すぐに退院になるからです。では回復期ではどうでしょうか。3か月のリハビリテーション入院期間に経口摂取は再開可能でしょうか。そこで行われたリハビリテーションは在宅や介護施設で継続することが可能でしょうか。じつは、リハビリテーションの中断が大きな問題なのです。急性期、回復期、維持期の流れの中で途切れてしまうのです。そして、その流れの受け皿が在宅医療・在宅歯科医療なのです。
胃瘻になること、経口摂取が禁止されること、それは急性期における判断です。しかし時と共に患者さんの状態は変化し、口から食べられる状態まで回復することも多いのです。しかし、入院期間が短縮しているために、経口摂取の再開の「評価」を受ける機会を失い、経口摂取禁止の状態が続いてしまうのです。それが胃瘻の問題です。そこに求められるのが「生活の場における経口摂取の可能性の評価」です。
「経口摂取の可能性の評価」という言葉は、老年医学会が出したガイドラインにも用いられた表現で、「人工的水分栄養補給法の導入をめぐる意思決定プロセスのガイドライン」では、そこに2つの項目が挙げられています。ひとつは「身体機能面の評価」、もう一つは「ケア方法面からの評価」です。どちらも歯科と密接に関わり、在宅歯科医療における、われわれの仕事そのものです。
「口から食べるストラテジー」は、「診療」「ケア」「リハビリテーション」の3つの分野と、「短期目標」「中期目標」「長期目標」の達成期間を2軸で構築しています。使い方は、まず達成期間から見ます。初回訪問であれば、まず「短期目標」について「診療」「ケア」「リハビリテーション」の3分野のどこに主訴(や希望)があるのかを見ます。症状があれば症状緩和から対応するのは当然ですが、それと同時に「ケア」の状態や確保にも配慮します。さらに「リハビリテーション」の項目では「食べる」ことに注目し、機能や食事状況を把握します。訪問診療に関わった初期には、それだけのことを診なければならないのです。そして、短期目標の9項目すべてを改善、達成することを目指します。つまり、「中期目標」に着手するためには「短期目標」の項目が達成されていなければいけない、という考え方なのです。
(文責:菅 武雄)
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